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東京高等裁判所 昭和50年(う)721号 判決 1975年12月04日

主文

1  原判決を破棄する。

2  被告人を無期懲役に処する。

3  押収してある大工用ノミ一丁(当庁昭和五〇年押第二六一号の一)及び原動機付自転車(ホンダカブ五〇CC・結城う六一二号)一台(原庁昭和四七年押第一二号の二)を被害者柳田和夫に還付する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官が差し出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について

所論は、本件昭和四七年五月一二日付起訴状記載の強制わいせつ、強盗殺人の公訴事実につき、原判決は強盗殺人の成立を否定して、強制わいせつ致死、殺人、強盗の各罪の成立を認めたが、右は強盗殺人の成立を否定した点において事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張する。

そこで本件事実関係につき、原審記録を子細に調査し、原審が取調べた関係証拠に当審における事実取調の結果をも加えて総合検討すれば、次の事実が認められる。

すなわち、被告人は従前から窃盗、詐欺等の犯行を重ね、昭和四六年六月三〇日青森刑務所を出所した後、東京都台東区内の中華料理店「花や」において出前持ちとして働いていたものであるが、右青森刑務所に服役中に同房者を相手として鶏姦行為(俗にいうおかま)を体験して快楽を覚えたことが忘れられず、昭和四七年四月五日夜右「花や」の被告人居室において、鶏姦の目的をとげようとするためには、その対象として小学生位の子供を相手方とする、その場所は土地の状況をよく知つている下妻市大字黒駒足り下三五八番地の十王尊墓地がよいと思案し、これを実行するために、翌六日午前七時ころ無断で「花や」を飛び出し、同日午後一〇時ころ下妻市大字江一八四八番地所在の蓬田二三男方に到着し、同家に宿泊したが、その際更に犯行の手段方法を考えた結果、早朝登校の子供を狙う、犯行及び逃走の便宜のためにオートバイを盗む、十王尊墓地に子供を連れこむときには子供を殴打し抵抗を排除してから連れてゆく等の計画をたてるとともに、被告人は従前から警察に写真をとられていることもあり、おかまをやれば顔を覚えられるので、やつた後は子供を殺してしまおうとの考えをかためるに至った。

この企図に従って被告人は、翌七日夜結城市内において原動機付自転車及び殺傷用として大工用ノミ一丁を盗み出し、その翌八日早朝原動機付自転車を運転して犯行場所に至り、午前七時一〇分ころ登校途中の被害者○○(小学校五年生)の顔面を殴打するなどして同人を十王尊墓地に引きずりこみ、更に同人の顔面を殴りつけてその反抗を抑圧し、「ズボンを脱げ、パンツを下げろ。」などと怒号しながら被告人において右○○のズボンを下げようとしたところ、同人のズボンの後ろポケットに財布が入つていることを認めたので、同人が畏怖しているのに乗じ、この機会に財布を奪取しようとの意図のもとに、右ズボンのポケットに手をさしこんでその反抗を更に抑圧したうえ財布を取り出し、その財布を被告人のズボンのポケットに入れて現金二三〇円在中の右財布を強取し、更にわいせつの目的を遂げようとして、○○の肛門部に被告人の陰茎を押しつけたが完全には挿入できなかつたため、無理に口淫させようとしたところ、同人から腹部を蹴られるなどして抵抗されたため、これによる憤激も加わつて、わいせつ行為及び強盗の犯行の発覚を免れようとして殺意を強め、原判示のような仕方で○○を殺害するに至つた。以上の事実が認められるのである。

なお、被告人の捜査官に対する各供述調書の方式及び内容を調査し、かつ原審及び当審において取調べた各証拠に現われた事実関係及び捜査官の取調状況等を吟味すると、被告人の精神能力を勘案しても、これらの供述の任意性に疑いをさしはさむべきかどは見られないし、また右認定の範囲においてその信用性に欠けるものがあるとは考えられない。

原判決は、本件殺害行為は強盗とは無関係な動機に基づいて行なわれたものである旨を説示しているが、前叙認定のとおり、本件殺害行為は被告人の事前の計画的意図に基づくもので、被告人が強制わいせつの犯行発覚を免れようとする目的を有していたことは明らかであるけれども、それとともに現場における事態の推移に伴つておのずから、強盗の犯行発覚を免れようとする目的をもあわせ有していたことを認めざるをえないのであつて、被告人に殺害後更に鶏姦行為を試みる意図があつたとしても右認定を妨げるものではない。なお、被告人は当審公判廷において、被告人が○○の財布を取つたのは同人を殺害してから以後のことである旨供述するに至つたが、右供述は採用し難く、その他原判決が説示する諸点を検討し、かつ記録全部を調査しても、叙上認定を左右するに足りる資料は見いだせない。

そして、被告人が○○を襲つたそもそもの目的が強制わいせつ行為にあつたことはもとよりであつても、以上認定のような事実関係のもとにおいて、強制わいせつ行為の過程における強盗の成立を認めながら、その直後の殺害行為を強盗から切り離し、強盗殺人罪の成立を否定すべき理由はないのである。すなわち、被告人の行為は強盗殺人罪を構成し、刑法二四〇条後段を適用すべきものである。従つて、この点において原判決は事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

当裁判所の量刑上の判断は、後記のとおり破棄自判の際示すので、ここでは所論に対する判断を省略する。

しかして、原判決は被告人の○○に対する行為及びその余の各窃盗の行為につき併合罪として一個の刑により処断しているのであるから、原判決はその全部において破棄すべきものである。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に自判する(自判にあたつては、原判示冒頭及び第一の事実を後記のとおり変更して認定する外、原判決の確定した第二ないし第四の事実を基礎とする。)。<中略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、強制わいせつの点は刑法一七六条後段、強盗殺人の点は同法二四〇条後段に、判示第二ないし第四の窃盗の所為はいずれも同法二三五条に該当するところ、判示第一の強制わいせつと強盗殺人の所為とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強盗殺人罪の刑で処断することとして、所定刑中無期懲役刑を選択する。

被告人には原判決が摘示するとおりの前科があるので、同法五九条、五六条一項、五七条により判示第二ないし第四の各罪につき三犯の加重をし、以上は同法四五条前段により併合罪であるから、同法四六条二項本文により、判示第一の罪につき無期懲役に処する以上、他の刑を科さないこととする。

押収してある主文3掲記の物件はいずれも判示第三の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑訴法三四七条一項によりこれを被害者××に還付し、原審及び当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑について)

被告人は少年時代から窃盗等の犯行を重ね、昭和三九年以降は四回にわたつて懲役に服役しながら本件各犯行を犯し、ことに判示第一のように、あとで被害者を殺すつもりで計画的意図に基づき、小学校五年生になつたばかりの一〇才の小年を無理やりに鶏姦しようとし、果てはその顔面を何回も墓石(石塔)に打ちつけ、首を両手で締めつけ、ノミで頸部を突き刺し、更に皮バンドで頸部を締めつけなどしてこれを殺害した点は、まことに残虐非道というの外なく、しかも被害者を殺害した後にその肛門に鉛筆四本を次々と挿入するなど、その死体を冒すること甚だしいものがあり、地域住民及び一般社会に与えた衝撃は大きい。被害者の両親は愛児を一朝にして無惨極まる仕方によつて奪われ、その痛恨は深く、被告人に対し極刑を望むその心情はまことに無理からぬものがあり、被告人の罪責は極めて重いといわなければならない。これらの点を考慮すると、被告人に対し極刑を科すべきであるという検察官の所論の趣旨も十分理解し得るところである。

しかしながら更に考えてみると、被告人は判示のような不遇な環境で出生、成長し、両親の愛情にも恵まれず、情操において歪んだ性格が形成されてきたのであり、また生来性の精神薄弱であることが窺われる(ただし責任能力に影響はない。)。そして、原審以来被害者の生命を奪つたことについて被告人なりに反省の情を示しているのであつて、これらの点をも彼此勘案すると、今極刑によるのでなければ被告人の罪をあがなう方途はないと決するには、なお躊躇を感ずるものがある。以上の次第で、被告人に対しては無期懲役を科するのを相当と認める。

(戸田弘 大澤博 本郷元)

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